「特発性正常圧水頭症(以下、iNPH)」は、高齢者が発症する可能性のある水頭症で、髄液が脳室内に過剰に溜まり、脳を圧迫することによって起こります。特徴的な症状として、歩行障害・認知症・尿失禁などがあり、髄液の流れをよくする治療によってこれらの症状が改善することから、”治療で改善する認知症”とも呼ばれています。その患者数は、少なくとも高齢者人口の1.1%程度とされており、『2022年版高齢社会白書』の高齢者人口をベースにすると、39万人よりも多い可能性が指摘されています。iNPHの症状は加齢に伴う症状によく似ているため、 治療を受けている人は、推定患者数の数%にとどまっています。■アルツハイマー型認知症とiNPHの併存例について
日本における認知症患者の数は2025年には約700万人になると推計されており、認知症原因疾患の約5%程度はiNPHによるものであるという報告もあります(※1)。また、近年では認知症の主な原因疾患とされるアルツハイマー型認知症(以下、AD)と診断された方の中で、iNPHも併存している例が多いことも明らかになっています。ADとiNPHの併存率については多くの文献で報告されていますが、約20~60%程度です(※2)。ところが、iNPHは単独で発症していても見逃されやすい病気。ADを併存している場合は、さらに鑑別が困難になるため、iNPHの有病者数は、推計されている39万人よりも多くのiNPH患者の存在が指摘されています。
■ADとiNPHが併存している場合の治療について
ADとiNPHが併存している場合、iNPHが原因で生じている歩行障害・認知症(注意力・集中力の低下など)・尿失禁は、治療によって改善が期待できると共に、周囲の方の介護負担軽減につながる可能性があります。しかしながらADと診断され、iNPHの併存が確認できたとしても、ADによる易怒性や不安などの精神症状が理由で治療を避けるご家族の方もいらっしゃいます。しかし、現在ではiNPNの診断に重要な検査法であるタップテストの前後で行う、認知症の改善度合いを確認するMMSE(Mini-Mental State Examination)のスコアの評価により、治療後の改善度合いを高感度で予測できるため、タップテストの検査結果によって、治療を検討頂きやすくなると思われます(※2)。
▼タップテスト
■世界アルツハイマーデーをきっかけにiNPHにも注目を
世界アルツハイマー月間をきっかけに、iNPHを疑っていただきたいという思いから、『iNPH.jp』では実際にADを併存し、iNPHの治療を受けた患者さんのインタビュー記事を公開しました。ADによる見当識障害等が残りつつ、歩行障害などが改善した患者さんと、そのご家族のリアルなエピソードを紹介しています。
日本における認知症患者の数はまもなく700万人を超えるとされる現代で、高齢期においてもよりQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)の高い生活を送るためには、認知症に伴う症状の緩和や原因疾患の治療が望まれています。認知症の原因疾患の多くは治療が難しいとされる中で、”治療で改善できる認知症”とされるiNPH。世界アルツハイマーデーをきっかけに、改めて注目して頂きたい病気です。
▼ADの症状が残るものの、iNPHの治療を受けた患者さんのインタビュー記事
https://inph.jp/story_004.html
※1:2009年熊本大学神経精神科専門外来のデータ
※2:特発性正常圧水頭症診療ガイドライン第3版より
9例のiNPHに対して剖検による病理所見で判定すると併存率は89%、診療記録を用いて後方視的、臨床的に判定すると55.6%であった。脳バイオプシーで採取した標本で病理学的に判定した対象症例数28例、37例、111例の3つの研究における併存率はそれぞれ25%、67.6%、45.6%であった。前述の研究では,アルツハイマー病と臨床診断された症例の割合も記載されているが、その割合は43%であった。わが国で行われた全国レベルの診療施設に対するアンケート調査では3,079例のiNPHにおけるアルツハイマー病の併存率17.6%であった。
※2:Tap Test Can Predict Cognitive Improvement in Patients With iNPH-Results From the Multicenter Prospective Studies SINPHONI-1 and -2